≪「心・技・体」の正三角形≫
 大石師範は「自分が空手家で空手の師範である以上、自分の修行も終わることは無い」と考えている。また、指導においても「ただ組手を強くして試合で勝つためだけの稽古をさせるのは師範でなくコーチである」という。
「コーチと師範は全く違うものです。コーチは自分の修行はしないで練習メニューを組み立てればいいわけですから。ミット打ちやサンドバック及びスパーリングなども、自分が空手をできなくてもやらせることはできます。コーチになるのは簡単で、道場生を試合に出して、ある程度は満足するでしょう。でもそれはそこまでです。私の本当の目的は、百人の『真の空手の師範』を育成することだと考えています。本当は弟子たちに自分の20代の一番良かった時を見せてやれれば良い んですけど、人間はそうはいきませんから。現実に、『50代の空手』があり、『師範としての空手』があります。年をとって『今やっても、もう若い時以上の動きができないからやめた』というのは武道の指導者として無責任です。修行は心と体を磨くものですから、年齢は関係無いはずです。50代になったら50代の姿を見せるのが私の責任だと思います。ですから今からどう変化するかを考えて、稽古を続けています」(大石師範)
 大石師範の経験上、型や基本をしっかり稽古している生徒は簡単には空手をやめないという。「ミット蹴りやサンドバックによる稽古しかやっていないと一気に組手の強さが向上するかもしれないが、大会に何回か出ればすぐやめてしまう場合が多いです。
 基本と型を身につけて初めて『心・技・体』という正三角形ができ上がります。基本と型をやらないと『体』だけになって『心』も『技』も無くなってしまいます。その『体』も相手を叩いたり、踏み台にする『体』しか大きくなりませんから、武道に対する心の持ち方がイビツになってしまいます。心も体も健康的に、なおかつ道をしっかり歩き続けていくために、『心・技・体』の正三角形を作らないといけません。にわかコーチになって『心』と『技』を教えずに『体』の部分 だけ教えていれば教える方も楽だし教わる方も楽かもしれません。しかし楽の中からは何も生まれません」(大石師範)

フルコンタクトカラテ(2005年12月号)より


 基本や型を実践することによって自分の武道に対する心がまっすぐになります。また、「心・技・体」が上手くまとまります。基本と型をやらずに組手だけやると心もいびつになっていき、「自分だけ強くなればいいんだ。相手を踏み台にしてでも自分だけが強くなろう」と考えてしまいます。

 組手まで行くには、基本、移動、型の稽古を通して、ともすれば手を抜きたがる自分を超えていかなければなりません。自分と向かい合って行くためにも基本稽古は大切です。組手になれば嫌がおうでも真剣になります。なぜなら相手が自分のことを真剣にさせてくれるからです。それはある面においては相手が自分を助けてくれているのです。
















































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